2024年11月

若院です。
今月の言葉は、『口伝鈔』より、「法師には、みつのもとどりあり。いわゆる勝他・利養・名聞、これなり。」です。

こちらは、親鸞聖人が法然上人の元にいた時のエピソードになります。
法然上人の元にいた出家者が、「故郷に帰りたいです」と法然上人に伝えたところ、法然上人が「出家者が髻(もとどり)を切らないで帰っていく、残念だ」と言います。
もとどりは髪の毛のことです。それを聞いたその出家者は「私が出家してもう何年も経ちます。なんでそんなことを言うんですか?」と聞き返します。
そこで法然上人は上記のみつのもとどりの言葉を言います。それから法然上人は3つのもとどりとは、次のようなものであると言いました。
勝他:法然上人の元で学んだ知識で故郷の人を見下そうとしていないか?
名聞:法然上人の元で学んだ知識がいっぱいあるからすごい人だと思われたいと思ってないか?
利養:上記の勝他、名聞を元に寄付をいっぱいもらって豊かになろうとしていないか?
これを聞いた念仏者は、思い当たることがあったらしく深く反省し、これまで勉強して書き記してきた書物を全て焼き捨てた上で、改めて故郷に帰りました。
最近読んだエピソードで、曇鸞大師も菩提流支に指摘されて仙経を焼き捨てていました。ハッとさせられると書物焼きがちです。

上記の3つのもとどり、私にも思い当たることがいっぱいあります。
会社で働いていた時は、むしろ3つのもとどりは競争力を高めるために推奨されているように感じていて、上司にもよく「同期よりも上に行きたくないのか?」や「周りの人間をすごいと思わせたくないか?」とよく言われましたし、私自身そんなに悪いことだと思っていませんでした。
ただ、仏法の世界では違うようです。勉強してる時はこのエピソードを聞いて「確かに、仏法の世界では3つのもとどりは捨てないといけないんですね!」と頷いてましたが、いざ会社時代の友人などに会うときには、「勉強したことうまいこと話しておおーと思わせたいな〜」と考えてしまいます。世間の延長線から全然抜け出せませんね。
このエピソードを心に留めて、生活の中で勝他・利養・名聞に自分が陥ってることにちゃんと気づけるようにしたいなと思っています。

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